あんこ改革への序章

平成22年の秋のことです。当時お世話になっていた知人から、一人の男性をご紹介いただきました。
その知人から「彼の炊く『あんこ』は不思議だよ」と耳にはしておりましたが、正直そのときは深く興味を持ちませんでした。
なぜなら私たちはもう100年以上も昔からずっとあんこ屋です。ずっとあんこを炊き続けて、あんこのことで知らないことなどないつもりでした。だから今さら「不思議なあんこ」といわれても、そんなことに興味の持ちようがなかったのです。
この後にどんな大事件が待ち構えているかなど、この時はまだ知るよしもありませんでした。

そしてある日、一人の中年男性がきたかわ商店の本社工場にやってきます。
この時から、我が社の社員全員を巻き込んだ大波乱と、我が社のあんこ大革新がはじまるのです!

やってきた、不思議先生

「社長、小豆のいい香りがしてますねぇ」
その男性の第一声はそんな言葉でした。
当社ではずっと北海小豆の最高のものを原材料として使用しています。良い材料を使っていることをちゃんとわかって褒めてくださったのだ思った私は
「ありがとうございます」と答えました。
しかし私の意に反して、その男性はこう言い放ちます。
「小豆の香りの漂うあんこ屋は、ろくなあんこ屋じゃないですわ」
一瞬耳を疑いました。意味が分からない。そもそも初対面の第一声としてはありえない。
「ど、どういうことでしょうか?」
「小豆の香りがこれだけ漂ってるってことは、豆から香りが抜けて匂ってるんですから、これじゃあ餡に風味が残りませんわ。匂わんように炊かにゃぁいかんですわ。ちょっと工場の中見せてもらっていいですか?」
まだうちの商品を食べてもいないうちから完全否定され、不快な思いを感じる以前にわけがわからず、若干の動揺をしながら工場内にその男性を迎え入れました。
工場に足を踏み入れて、その男性は私に話します。
「床が小豆色に染まってますねぇ」
我が社は100年企業。ずっと餡を炊いていると当然床も染まります。
「長年、この場所で小豆を炊いてますから」
と答えると、またこの男性、
「床が赤いあんこ屋はろくなあんこ屋じゃないですわ」
「・・・・」
あまりに失礼なもの言いに私は言葉を失いました。
「豆は人間に食べられるために実るんやないですわ。子孫繁栄のために実っとるんです。
 そうやって一生懸命実ったものを人間の勝手な都合で『食べるぞ、食べるぞ』って炊き方するからいかんのですわ。ちょっとおたくの粒あん見せてくんさい」
そりゃあ、私たち人間が食べるために炊くんだから何が問題?と思いながら、当社の最高級の粒あんをお出ししました。
「どうぞ」
男性、その粒あんを一口食べて、
「社長、この餡、くさってますわ」
ついに私の中で何かが音を立てて切れました。
「失礼な!!何をおっしゃってるんですか?昨日炊いたあんこですよ。腐っているわけありません!!」
取り乱した私をよそに男性は冷静に続けます。
「腐敗してるって言ってるんではないですわ。美味しくないという意味ですわ」
「そんなにおっしゃるんでしたら、床が赤くならず、くさってないあんこを、小豆の匂いをさせずに炊いて見せてくださいよ!!」
「じゃ、やってみますので、待っててくんさい」
目の前でその男性はあんこを炊き始めました。
しかしその工程を見てびっくり。
これまで業界で常識とされてきたあんこの作り方と全く違うのです。
「こんな作り方で美味しいあんこが作れるわけがないじゃない」
私は心の中で、こうつぶやきました。

突きつけられた現実

「食べてみてくんさい」
一口食べてみました。
「!!!!」
美味しい。これは美味しい!なんで?あの作り方で?
でも同時に、当社のは当社のでやっぱり美味しいと思う。
「従来品と食べ比べてくんさい」
そう促されてこれまで自社で作ったあんこを、その男性が作ったあんこを食べたあとに食べてみました。
「・・・」
あれ?おかしい。味がしない。風味がまったく感じられない・・
完全に勝負ありでした。
これまで自社で作ってきたあんこにもそれなりの自信を持っていたつもりでした。100年間も作り続けてきて、ずっとお客様からも評価いただいてましたから。
しかしその男性のあんこと食べ比べてみると、それはもう抜け殻のような味だったのです。
その瞬間私は「こんなあんこを当社でも炊きたい!」という強い衝動にかられました。
これまでどれだけ失礼な物言いをされたとかは、もう関係ありません。この瞬間から私の中でその謎の男性は、「先生」に変わりました。
「先生、うちの会社、指導していただけませんか?」
「私、忙しいんですわ」
そんなやりとりを交わして、確約の返事もいただけず、その中年男性は帰って行ってしまいました。

プライド崩壊と変化への決意

それから一ヶ月全く音沙汰なく、あきらめかけていた頃、
「和歌山に行きますわ」といきなり先生からの電話。
そしてその後すぐに当社を訪れてくださいました。どんな心境の変化があったのでしょう?
そしてこの時は、当社の製菓部門の工場長であり、あん炊きの経験のない私の次女が指導を受けました。
それはもう、完全につきっきり。粒あん、きんつばあん、きんつばの焼き方を教授いただき、先生は次の来社の約束もせず帰ってしまわれました。

それからほどなく、お正月が近いある日、娘は先生に教えていただいたきんつばを小豆から一人で炊き、きんつば羊羹にして、きんつばを焼いて、練習の成果を見ていただこうと先生に送りました。
するとその直後先生から連絡が入り、翌月から毎月約一週間、当社に指導に来てくださったのです。
これまで通り歯に衣着せぬ先生の言葉に、指導をいただきながらも私の心はパキパキとガラスが割れるような音を立てていました。誇りをもってこれまで餡を作ってきた職人である従業員は、きっと私どころではなかったでしょう。プライドとこれまで積み重ねた経験がガラガラと根底から崩れ去る音が、はっきりと聴こえたことだろうと思います。
反発ももちろんありました。いままで築きあげてきたものが否定されたわけですから。しかし、美味しいものは美味しい。たとえ100年以上継続してきたことだろうが、そんなことは関係ありません。
私たちが大切にすべきことは、お得意様に最高の商品を提供することであって、自分たちの保身ではありません。お得意様に「これが100年の味や!!」て胸張って、買っていただいて喜んでもらう。そんな餡作りのために先生の言うことを全て受け入れることを社員全員心に決めました。
従っているように見えてもプライドが邪魔してまた元に戻ったり、また良くなったりということを繰り返しながら、ようやく、生餡の製造、加糖餡の製造、製菓に使用する餡、全てが先生から教えていただいた通りに100%作れる「最強のあん炊き軍団」になることができました。

日本一のあんこ屋

豆の洗い方、煮る温度、時間、渋切りのタイミング、煮詰める温度、攪拌の方法・速度、何から何まで全て今までと違うものでした。
豆にこだわり、砂糖にこだわり、製菓部門では小麦粉、米粉、餅粉だけでなく膨張剤にまでこだわる先生。しかし先生はいわゆる「職人」とは違います。先生の方法には必ず全て科学的な裏付けがありました。

いまでも先生とは懇意にさせていただき、継続的にご指導いただいています。
先生は日常会話で
「砂糖の分量がおかしいからダニ」
「力入れて混ぜすぎダニ」
という風に、方言で語尾によく「ダニ」を使われます。
尊敬する大先生ですので、面と向かっては「先生」とお呼びしますが、弊社社員の中での先生のニックネームは「ダニー」です(笑)。
これまでは単なる「日本一古いあんこ屋」でしたが、ダニーのおかげで「日本一美味しいあんこが炊ける日本一古いあんこ屋」になることができました。
日本一美味しい餡を使用し、先生のご指導のもと、只今日本一美味しいどら焼き(こしあん、粒あん)ときんつば(粒、栗入り)が完成しました。
このダニー先生が、この業界で知る人ぞ知る天才・大人物であることを、後になって知ることになります。

以上、長々と私たちの「あんこ物語」にお付き合いくださり、ありがとうございました。 今後も私たちは不易流行の精神で、守るべきものは守り、変化すべきところは勇気をもって挑戦し変化する企業であり続けます。 歴史と伝統と変革が折り重なり積み重なって生まれたきたかわ商店の餡、どうぞご賞味くださいませ。

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